• dp775723

享楽・自律・ファンタジー

ファンタジーは享楽に過ぎない、と言われればそうかも知れないと思います。一概にそうとは言い切れないと思いつつも、全否定するに至りません。

でも問い返したいとも思います。

スタバで飲む一杯のコーヒー、それは享楽に過ぎないのですか?

多くの人はコーヒー一杯くらいで享楽とはおこがましいと思われるでしょう。

でもなぜ水では駄目なのでしょう?冷たいのが困るならなぜお湯では駄目なのでしょうか?

カフェインが必要?気合いに勝るカフェインがあるでしょうか?ーーー人間は気合いでアドレナリンが出るのですよ。

なぜあなたは多分原価十円かそこらの一杯のコーヒーに何百円も払って平気なのでしょうか?それは贅沢で享楽に過ぎないのでしょうか?

ちょっと考えてみてください。それは一杯のコーヒーがただの享楽ではない、からではないでしょうか。

もっと言えば、一杯のコーヒーにファンタジーがあるから、ではないでしょうか。

コーヒーを飲んでいる時のあなたは、世間の雑踏から離れて自分の世界に戻り、あたかも自分一人の世界にいるようなファンタジーに浸れるからではないでしょうか。

「いつも心にファンタジー!」---亜空間ファンタジーのキャッチコピーですが、心にファンタジーがあれば、その一杯のコーヒーさえ不必要になります。お水でもお湯でも良くなります。心の中に自律的なエンドルフィンが発生するからです。

ファンタジーは享楽とも言い切れないのはそういうところです。心にファンタジーがある人は、その他の享楽が不要になるのです。

心にファンタジーがある人は、内面世界があるので世間に惑わされません。自立した自分があるからです。世間に惑わされる人がどれだけ無駄遣いをさせられ、人生を無駄にするかを考えてみれば、ファンタジーを持つ自律した人はむしろ節制的とも言えるでしょう。

私もスタバでなくてタリーズじゃなくて安いドトールのコーヒーを飲むことがあります。でもペットボトルに水道水を入れて持ち歩いていて、それですませることが多いです。

貧困ですね(^O^)。でも惨めではありません。心にファンタジーの温もりを感じているからです。


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